笠間焼の始まり2010/06/17

今日は中学校で笠間焼の授業をしてきました。
1時間ちょっとの授業でしたけれども、
慣れていないせいか家に帰ると疲れてダウンしてしまいました。.
情けない話です。
寝不足が原因でしょうか。
学校の先生方が大きな声で1日授業されている事に
あらためて畏敬の念を抱きました。

授業では主に歴史の話をしてきました。
勝手ながらおさらいしてみますと、
笠間焼が始まったのは江戸時代の安永年間(1772-80)です。
箱田村の久野半右衛門が長右衛門という信楽の陶工の
指導のもとに始まったと言われています。
その長右衛門と言う方は、たまたま旅の途中に
久野半右衛門の家に逗留させてもらったようです。
そして長右衛門の焼き物の話を久野半右衛門がとても興味を示し
焼き物によって産業を興したいと考えたようです。
それで長右衛門に粘土を探させた所
なんと家の裏山で見つかったという事です。
そしてその頃すでに久野半右衛門は80歳ぐらいだったそうで、
実際には息子の益信が長右衛門とともに
焼き物作りに従事したそうです。
しかし、2,3年で長右衛門は突然いなくなってしまいます。
水戸のほうへ出奔したそうです。
なぜ突然いなくなったのでしょうか。
また、そもそも何で信楽の人間が旅して笠間にまで来たのでしょうか。
むしろ信楽にいられなくなった事情というものがあったと考えられます。
酒か女か博打か盗みか何かでしょうか。
想像してみると面白いです。
長右衛門はそれ以後戻りませんでした。
結局益信がお伊勢参りの帰途信楽に立ち寄り、
長右衛門の代わりを募集しました。
そうしましたら吉三郎と言う長右衛門の甥っ子が
手を上げてくれました。
長右衛門は陶工としてとても優秀だったらしく、
吉三郎はとても慕っていたそうです。
吉三郎は笠間に来て真面目に働き、その後久野の姓をもらい
現在に至っているようです。

窯業指導所の久野さんのレクチャーより。

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