古い電動ロクロ2009/10/14

午前中は「匠のまつり」の全体会議。
午後は来客。
そして釉薬掛け

自分のところでは電動ロクロを4台使っている。
その中の一番古いロクロがとうとう動かなくなってしまった。
修理すれば使えるかもしれないがよく分からない。
古い電動ロクロ、カミサンが30年近く前に中古で頂いたもので
その時点で10年は使われていた、という。
であるから、多分40年ぐらいは前のものと思う。
とても古いだけに頑丈に作られていてとにかく重い。
レトロとも呼べなくもないが鈍くさい外観。
長い間本当にお疲れ様でした、という感じである。
電動ロクロは滅多に壊れたりしない。
長持ちする。
だから次のも中古でいいかなと思う。
だって、残りの陶芸家人生はあと何年だ。

蓋のツマミ 22009/09/03

蓋のツマミはシンプルで表情豊かに作れたらと思う。
写真の知人の作ったポットは蓋の大きなツマミが目を引く。
焼き具合ともマッチしていて魅力的に思う。
真似して制作してみたけれども自分のは今ひとつだった。
消化しきれなかったという感じでボツにした。
自分のパターンから中々抜け出せないでいる。

蓋のツマミ2009/09/02

午前中は急須の組み立てをしていたけれど、
作業半ばで午後は用足しに出かけた。
寄り道してしまって帰りが夕方になってしまった。
早く急須のフタを挽かなくてはとあせる。
急須やポットのフタは近年ツマミの無い平たい物を良く見る。
スッキリしてすごく見栄えがする。
そういう作品を素直にカッコいいと思っている。
でも自分も真似して作りたいかというと以外とそうでもない。
作品が野暮ったく見えても気持ち的にツマミが欲しい。
ただのフタモノの場合はツマミの無いものも作るけれども、
急須やポットはどうしてもツマミが欲しい。
使い勝手の良さからツマミが欲しいというのもあるけれど、
何故だかそうしたいと言う欲求である。

刷毛目の仕事2009/05/12

今日は久し振りにハケ目の化粧掛けをした。
自分の場合は素地が完全に乾いてから刷毛目を施す。
そうすると化粧がヒビ割れた表情になる。
ヒビだけでは単調なのでさらに濃淡の差があった方が面白い。
濃くヒビが大きくでている所と素地がうっすらと透けて見える所と変化が出る。
刷毛目は刷毛自体の動きがうつわに躍動感を与えてすがすがしいものである。
焼き上がりを想像しながらうつわに施していくのは楽しい。

スタッフの独立2008/09/30

一日ロクロ作業。
お昼はcafe WASUGAGOZENで4人で食べる。

今日スタッフのHこと林さとみが辞めて独立した。
来月の益子の陶器市には出店の予定でいる。
見掛けたらぜひ応援して下さい。
また、3月に当工房を辞めて窯業指導所で釉薬の勉強をしていた鈴木信子も
工房を借りる事が出来て明日から独立、晴れて自分の仕事をスタートする。
こちらもよろしくお願いします。
2人とも私の仕事を一生懸命サポートしてくれて感謝している。
当工房での経験が彼女たちの役に立てば嬉しい。
2人の門出を祝したい。
技術(私の場合は主にロクロ成形)を人に伝える事が出来ればと、おこがましくも思う。
技術は誰にでも努力すれば身につくもので、万人に公平に開かれている。
また、技術の習得で先人からの知恵としてお互いに共有する喜びがある。
自分には先人に近づきたいという思いと次の人に伝えたいという思いもある。
だから一緒に働きながら勉強している。

職人考2008/09/05

きょうは午後から笠間焼伝統工芸士のロクロ成形の実技試験があり、
私も伝統工芸士なので今回初めて試験官として採点をした。
ロクロの実技試験は課題の壷とか大皿を同じ寸法同じ形状に時間内に
要求された数を制作するものである。
ロクロ成形の技術力を問うものである。
私が受けた時も試験官に囲まれてのロクロ成形は緊張して大変だった記憶がある。
結構たいへんな試験だ。
今回は採点する立場なので気分は楽ではあった。

私が伝統工芸士であるという事で以外に思われる方もいたりする。
中には「なんで美大をでて伝統工芸士になったの」なんておっしゃる方もいた。
それには自分には才能がないからだと答える。
才能のない自分にさっさと見切りをつけて職人にでもなろうというのが
笠間に来る以前(20年前になる)の自分の本音である。
(伝統工芸士になった経緯はいろんな諸事情があるが)
幸い良い親方にもめぐり会えた。
湯呑みなら一日に千個はロクロで挽くような方だ。
自分も数モノが出来るように頑張った。
でも大した事は無い。私の場合1日400個。そこまでだった。
最低ラインである。
笠間にはもっと数モノが出来る方、しかも若いのが何人かいる。
私は彼らに全く及ばない。
数モノが出来るようになるとロクロで粘土を自在に扱えるようになる。

修行時代、先輩には「量産のところに居たら個性がつぶされちゃうよ。」と助言された。
確かに表現を追求していく世界とは違うから個性はいらないし育たない。
けれども数モノの仕事の中では自分の「持ち味」というものを発見する事が出来た。
同じアイテムでも作る職人が変われば微妙にモノの雰囲気が変わる。
その人なりの持ち味が形になって出てくるからだ。
同じ事を何度も何度も繰り返す事によって違う世界が見えてくる。
抽象的だけれども自分の持ち味をしっかり感じる事が大事だと思った。
「持ち味」を広げていく事でモノを作り続けて行く事ができるのではないか、と考えた。
そして、今に至っている。
そんな考えが自分の作陶の中にある。
実技試験を見ながら自分のロクロの有り様を探ってみた。

「窯と焼成」展2008/08/28

きょうは削りの終わった作品を乾かしてなんとか素焼きをしたい。
ところが雨が降ったり止んだりの空模様が恨めしい。

私の0.5㎥のガス窯は、中古で炉壁も薄い急熱急冷の粗末なものだ。
焚くと上と下の温度差もあり扱いにくい。
けれども不器用な自分にはこの窯がちょうど良いのかもしれない。
窯を焚くたびに新たな発見があり楽しい。
古い窯なので壊れない事を祈りつつ焚いている。

茨城県陶芸美術館2階の展示室で始まった「窯と焼成」展には
薪窯の作家さんも多く出品されている。
作家さんそれぞれの窯と焼成を知る事が出来てとても勉強になる。

梱包作業2008/01/22

昨年アメリカの陶芸作家アダム・シルヴァーマンと一緒にやってきたロサンゼルスのショップのオーナーからいろいろとオーダーを受けて今回やっと納品までにこぎつけました。
本来ならばアダムとの2人展を昨年の9月にロサンゼルスの別のギャラリーで開催していたはずなのですが、諸事情があって実現しませんでした。
それがとても残念だったので今回の納品でやっと少し義理を果たせたかもしれない、という気持ちです。
海外の常設店はニューヨークに続いてこれで2店舗目ですが、自分のような底辺の作り手でもネットの力と流通が良くなったおかげで海外との取引が出来るようになったんだと思います。
いろいろな手間をかけてこのように海外へ送るのは、日本の作り手に興味を持ってもらいたいという事もあります。やきものに限らず日本のいろんな手仕事の良さを他の国の人にもっと知ってもらえたらとても嬉しいと思っています。そんな事もアピールしていけたらなどと、おこがましい事を考えています。

発送用のダンボールに自分の工房の名前をシール印刷をし貼ってみました。
ふだんは近所のスーパーから段ボールの空箱を頂いて来て使っていますが、
今回のは海外へ送るのでちょっと慎重にもうひと回り大きい箱をかぶせた梱包にしました。
無事に着くことを願っています。

あっという間も一年2007/12/31


もう大晦日。あっという間の一年でした。
お蔭様で無事に一年を過ごす事が出来て安堵しています。
今年もたくさんの方々のお世話になりました。ありがとうございました。


今年は、4年程前から制作していた鎬の仕事を、1月の笠間での個展のときから
プリーツワークという名前をつけて発表できたのが嬉しかったです。
鎬(シノギ)という技法は、素地を均等に線彫りするだけの
誰にも出来る簡単な技法であります。
だからこそなんとか自分のフィルターを通した仕事にしたいという思いも強くなってきます。
フォルムの湾曲した面に沿って線彫りしてできたエッジのラインが見せる動感を
シンプルな造形の中で形に出来たらと考えています。
ぜひ、個展等でご覧頂ければと思います。
来年もたくさんいろんな作品を制作したいです。

皆様良いお年をお迎え下さい。

自分の仕事2007/11/16



茨城陶芸美術館の今回の企画展のテーマにありました「生を彩る」。

自分のやきものは生活に即したものなので、嬉しいテーマでした。

暮らしの中に溶け込めるような作品が出来たら幸いです。

毎日使っていく中で、生活している時間、空気が積み重なっていき

ヒトの想いがモノに織り込まれていく、

モノとヒトの意識的な関係によって気持ちを潤す。

そんな事を願っています。


写真は匠のまつりの会場風景です。(ちょっと見にくいですが・・・)
たくさんのご来場ありがとうございました。